2022/10/6

ヴェッセリーナ・カサロヴァ マスタークラスを振り返って

 

2022年9月5日 ヴェッセリーナ・カサロヴァの公開マスタークラスを振り返って
 
世界では声楽の公開マスタークラスが頻繁に開催にされている。日本でも過去には偉大なる著名な歌手が度々来日し、大きな話題を呼んだ。
 
ヴェッセリーナ・カサロヴァの公開マスタークラスは全世界でオーガナイズされている。国立の音楽大学、コンセルヴァトリウム、歌劇場のオペラスタジオ等にて。彼女に伺ったところ、2010年のスイスのバーゼル音楽院、このマスタークラスこそ始まりであり、カリスマ性・指導力はセンセーショナルであった。YouTubeでは現在も2010年の様子を拝聴することが可能である。
 
言うまでもなく、名古屋音楽大学にて開催されたカサロヴァの公開マスタークラスはセンセーショナルであった。カサロヴァ旋風を起こしたと言っても過言ではない。
メゾソプラノの歌手にとってカサロヴァに直接指導を受けることは名誉であり、これから始まるであろう音楽キャリアにおいても、彼女の包み隠さないストレートな助言は、心に深く響いたであろう。特にレパートリーの選び方において彼女は非常に慎重であり、偉大なマエストロや恩師の助言を守って、35年のキャリアを継続することが出来た。今年はカサロヴァのキャリア35周年の記念の年である。
 
私はカサロヴァとは2017年ウィーンで既に出会っている。
彼女がマスタークラスを開催する情報を発見すると、Leipzigからウィーンへ飛んでいった。そこに集まった受講生は全員メゾソプラノで、歌劇場の専属合唱団、ソリスト、
教育者等 濃いメンバーが集まっていた。連日レッスンが5日間続いた。受講生とカサロヴァとの間の共通語も増え、受講生もカサロヴァへアピールすることができた。そこでは劇場での生活、エージェントのこと、Vorsingenをすること、キャリア形成の仕方等、リアルな意見を彼女から伺うことが出来た。
 
こうした経験を既に受講生として体験していたので、久しぶりの再会ではあったものの、
互いに日本でのマスタークラスにおいて、カサロヴァとどのように日本人に指導を進めていくか、短時間ながらも確認できたことは非常に大きかった。
 
名古屋音楽大学でのマスタークラスは、一般公募により3名の優秀な若手の歌手が選ばれ、
聴講も一般もOKとのことで、満席の中 マスタークラスがスタートした。
3名の受講生は非常にリラックスして、カサロヴァのレッスンを受けることができた。
カサロヴァが発する言葉、声、表現、オーラ 全てを体に刻み込むように、各受講生が約50分近いレッスンの中で、ベストを尽くした。時にマスタークラスというのは、ショーのように表面的な助言や歌手よりも観客を満足させる方向にいく危険性も持っているが、
カサロヴァのマスターコースは、観客も満足するマスターコースとなった。時折熱心にメモをする学生の様子に、カサロヴァも驚いていた。
 
今回受講生によって演奏されたアリアは、マスネ作曲のWertherのアリア、モーツァルト作曲『Cosi fan tutte』フィオルデリージのアリア、ロッシーニ作曲『Il Baribiere di Siviglia』ロジーナのアリア、ソプラノとメゾソプラノ定番のアリアである。
カサロヴァが3名に共通してアドバイスしていたことは、3名だけの問題ではなく歌手全員の問題でもある。特にaの母音は、声が後ろに落っこちやすく、本来の若々しい声ではなく少し年齢のいったような声に聴こえてしまう難点がある。口腔内の開け方は、人によって骨格も顔の大きさも違うため、一概にコレが一番良い顔の形とは言えないが、一般的な理想な口の開け方がある。口を開けるのは良いがドームを形成しすぎると、声が前にいかないことを指摘した。3名の歌手に共通してアドバイスしたのは、子音の処理について。例えば Lの子音。子音を喉で止めるため、母音が繋がらないのが問題である。またわずかな口の開け方で響きが変わるため、意識的にコントロールしなければならない。i 母音に他の母音も揃えていくこと、硬口蓋に息を当てること、口が横に開いてはいけない、上唇を縦型にすること、息を無駄に使わない、声を発してからワイドに声を広げることなく、レーザーの糸のように細い感覚を保つこと、コロラトゥーラ唱法について、支えの感覚は互いに拮抗する力であること等、技術について惜しげもなくアドバイスをした。カサロヴァの代名詞であるロジーナを歌った受講生には、キャラクターについてもどのように演じるかアドバイスした。その受講生はWienで、カサロヴァのロジーナを生で鑑賞したとのことで、より一層感極まっていた。
 
スイス式発声法研究会のスイス支部・バーゼル在住のEdit Siegfried-Szabo女史が著者の本『 Der Weg zur Mitte』の中で何度も繰り返しているのは斜角筋と呼吸について。
ふと首の位置や 肩の位置が明らかにカサロヴァと受講生は異なっていることに気づいた。歌っている本人は自分自身の立ち姿が見えないので、比べることは難しいが、跳躍をする音を出す際に、体が内部のインナーマッスルから硬くならずに開くとういうことは、日本人にとって大きな課題である。呼吸の要となる斜角筋をいかに感じるか、、、カサロヴァが高音を出す際に首の位置は自動的により後ろへ、その分息の道がつながって、声は前に飛んでいく。息は全くロスしていない、ロスさせない。下半身はより深く、上半身はリラックスして声帯を支える筋肉は萎縮することなく、オープンに開くのが理想であるが、
60歳近くなったとはいえ、カサロヴァの声は今も健在だった。
 
マスタークラスは約3時間、カサロヴァは終始受講生の歌唱の際に、声と呼吸、表情をチェックしていた。というよりも受講生の感覚に寄り添うように隣に居た。
受講生にとっても偉大なメゾソプラノ カサロヴァの前でカサロヴァのレパートリーであるアリアを披露し、時間も共有し 生の声を間近で聞けたことは、贅沢な時間であり、
一生の思い出となったであろう。また聴講生も、これほどのマスタークラスを無料で拝聴できることは、日本で開催していることを忘れたに違いない。
 
ピアノは日本を代表する河原忠之氏が担当した。マスタークラスが順調に進んだのも、河原氏の伴奏があってのことである。どのアリアも熟知し、歌手に歌わせる箇所、イニシアチブをより前へ進む箇所、オーケストラの音のように調和の中にも各音が空気に振動し、見事な伴奏であった。
 
今、名古屋の音楽界が熱い。革命的に感じるのは大袈裟だろうか。
 
 
今回 9/5に開催されたヴェッセリーナ・カサロヴァのマスタークラスは、名古屋音楽大学声楽コース学科公開講座の一環で、最終日にカサロヴァのマスタークラスが開催された。
海外では音楽大学もより開かれた教育機関であり、活発にマスタークラスを開催している。このような一般公開で名古屋音楽大学で開催されたマスタークラスは、歴史に残る日であったに違いない。
 
私もこのような素晴らしい機会を賜り、自分自身も大きく成長することが出来た。
またカサロヴァから音楽界のこと欧州の現状を生に聞くことが出来て、彼女は未来の歌手について真剣に考えて支援したいその姿勢に胸が熱くなった。
 
ヴェッセリーナ・カサロヴァの伝記、インタビューは、若い歌手にとっても、既にキャリアを積んだ歌手にとっても、教育者にとっても 共感することが非常に多い。
次回は折りをみて、インタビュー等の文章や動画から、心に残る言葉を紹介したい。