2022/10/2

ヴェッセリーナ・カサロヴァ リサイタルを振り返って

ブルガリア出身、スイス在住のメゾソプラノ ヴェッセリーナ・カサロヴァが、
先月上旬〜中旬にかけて、東京と名古屋のリサイタルのため、10年ぶりに来日した。
 
カサロヴァといえば、スイスのチューリッヒ歌劇場からキャリアをスタートし、世界的なロッシーニ歌いとしてスターダムの地位を築き、ズボン役としてもカリスマ的存在として世界中で活躍したメゾソプラノの一人である。日本ではコロラトゥーラの女王であったエディタ・グルヴェローヴァとデュオ・リサイタル、その他歌劇場引越し公演、リサイタル等で度々来日し、先月の来日ではファン待望のリサイタルを開催した。コンサートのプログラムはオペラアリアと歌曲のプログラム、自ら選曲したとのこと。名古屋公演9/7では愛知県芸術劇場コンサートホール(オペラアリアプログラム)東京公演は9/10サントリーホール(オペラアリアプログラム)、9/14 紀尾井ホール(歌曲プログラム)。10年の時を経てベルベットのような濃厚で深みのある響きを十分に堪能できるリサイタルとなった。
 
オペラのプログラムでは、ハイドン、グルック、ロッシーニ、サン=サーンス、マスカーニ、チレア、ビゼーと幅広いレパートリー。ズボン役のコロラトゥーラ技法からヴェリズム音楽まで様式感やヴィブラートまで使い分け、圧倒的な演奏を披露した。第1曲目に歌ったハイドンのカンタータ『ナクソスのアリアンナ』、日本ではまだ演奏される機会が少ないカンタータを拝聴。チャールズ・スペンサーの伴奏も見事で、巧みに音色を使い分け、カサロヴァの声を一層引き立てた。カサロヴァ自身もインタビュー等でも答えているが、近年はヴェリズムのオペラの役も歌うようになり、デリラやサントゥッツァ、ブイヨン侯爵夫人では、まるでオペラのワンシーンの中に観客を引き込むような熱量と感情がホールを包み込んでいた。カルメンでは、カルメンシータとして生まれ自由を求めるカルメン像、ボヘミアン音楽で圧倒的な演奏を示した。アンコールでは、ヘンデル『アルチーナ』よりVerdi pratiを演奏。ヴェリズモ音楽を歌った後とは感じさせないくらい、ピュアでクリアな声で印象づけた。
 
 
歌曲のプログラムは最終公演、紀尾井ホールで開催されたが、平日の夜にも関わらず超満員のお客。ベルリオーズの歌曲『夏の夜』全曲、シューベルト歌曲からは、漁師の歌、水の上で歌う、ブラームス歌曲は 我が恋は緑、雲雀の歌、永遠の愛、ブルガリア民謡 カリマンク・デンク等 フランス語、ドイツ語、ブルガリア語と非常に集中力を要する繊細かつ濃厚なプログラム。
ベルリオーズの歌曲では、後半からカサロヴァの世界観が色濃くなった。『未知の島』の演奏はチャールズ・スペンサーの伴奏とピッタリで素晴らしい演奏だった。フランス語の響きは、カサロヴァにとって声の面においてもフラットにならずとても良い選曲であった。観客のほとんどが、ブルガリア民謡を初めて聴いたに違いない。何と抒情的で牧歌的だろう。ブルガリア民謡を歌い出した第一音のみずみずしさ、この声を聴けただけでもこの公演の価値がある。カサロヴァのキャリアの原点に帰るような故郷の香りがした。
 
次号:名古屋音楽大学 ヴェッセリーナ・カサロヴァ マスタークラスを振り返って 
 
 
ヴェッセリーナ・カサロヴァ メゾソプラノ
第3回バーゼル国際声楽コンクール 特別審査員
 
 
 
 
プロフィール
ブルガリア  スタラ・ザゴラ出身のヴェッセリーナカサロヴァは、現代最高のメゾソプラノの一人である。

4歳の頃、最初のピアノレッスンを受けた。コンサート・ディプロム修士後、国立ソフィア音楽アカデミーにて、声楽をRessa Koleva史の元で学び、既に学生でありながらソフィア国立歌劇場にて主役を務めた。

1989年ドイツのギュースタースローの,,Neue Stimmen’’国際声楽コンクールで第一位入賞を果たした。その後スイスのチューリッヒ歌劇場の専属歌手として契約し、瞬く間に聴衆を魅了した。プレスよりその才能を見出され称賛を受けた。1991年ザルツブルク音楽祭にてサー・コリン・デイヴィス指揮の元、モーツァルト作曲『ティトの慈悲』のアンニオ役でデビュー、その後ウィーン国立歌劇場にて『セヴィリアの理髪師』をドナルド・ラニクルズ指揮の元、ロジーナを歌い国際歌手のスターダムを一気に駆け上った。

デビュー以降、幅広いレパートリーの役にて客演を果たした。モーツァルトの作品では『コシ・ファン・トゥッテ』ドラベッラ、『ドン・ジョバンニ』ツェルリーナ、『イドメネオ』イダマンテ、『ティトの慈悲』セスト、『ポントの王ミトリダーテ』ファルナーチェ、ヘンデルの作品では『アルチーナ』ルッジェーロ、『アリオダンテ』タイトルロール、『アグリッピーナ』タイトルロール、ベルカント作曲家では『セヴィリアの理髪師』ロジーナ、『チェネレントラ』アンジェリーナ、『アルジェのイタリア女』イザベッラ、『カプレーティとモンテッキ』ロメオ、『アンナボレーナ』ジョバンナ・セイモー、フランスのレパートリーでは、『ウェルテル』シャルロッテ、『ファウストの劫罰』マルガリータ、『ラ・ファヴォリータ』レオノーラ、『サムソンとデリラ』デリラ、『カルメン』タイトルロール、ジュネーヴ大劇場、英国ロイヤルオペラハウスコペントガーデン、バルセロナのレセウ大劇場、ベルリン・ドイツオペラ、ミュンヘンバイエルン国立歌劇場、パリ国立劇場、ミラノスカラ座、ウィーン国立歌劇場、シカゴ・リリック・オペラ、メトロポリタン歌劇場、サンフランシスコ・オペラ、チューリッヒ歌劇場、オランダ国立オペラ、ドレスデン歌劇場、ハンブルク歌劇場、マドリード王立歌劇場、ケルン歌劇場、ザルツブルク音楽祭、テアトロデルマッジョムジカーレフィオレンティーノ,ペーザロロッシーニフェスティバル等の世界中の大劇場やフェスティバルにて客演を務めた。ニコラウス・アーノンクール、コリン・デイヴィス、ピンカス・スタインバーグ、ドナルド・ラニクルズ、ダニエル・バレンボイム、フォビオ・ルイージ、リッカルド・ムーティ、小澤征爾、ロジャー・ノリントン、アイヴァー・ボルトン、セミヨン・ビシュコフ、ヴォルフガング・サバリッシュ、フランツ・ウェルザー=メスト、ズービン・メータ、ロッセン・ミラノフ、ハリー・ビケット、アントニオ・パッパーノ、アンドリス・ネルソンス、ウラディミール・フェドセーエフ、サー・ジョン・エリオット・ガーディナー、マルク・ミンコフスキ、これまで多くの著名な指揮者と共演した。欧州や日本では、コンサートやリーダーアーベントを開催し好評を博した。ティトの慈悲、ドン・セバスチャン、アルチーナ、同様に多数のソロリサイタルの録音は幾度に渡り発売された。2005年バイエルン州より宮廷歌手の称号、2010年はオーストリアより宮廷歌手の称号を授与された。

翻訳:河村典子